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大阪高等裁判所 昭和61年(行ス)7号 決定

抗告人(本案被告)

北税務署長

髙瀬久一

右指定代理人

岡本誠二

外四名

相手方(本案原告)

岡山邦人

右代理人弁護士

関戸一考

右同

田窪五朗

右同

乕田喜代隆

主文

一  原決定中抗告人に文書提出を命じた部分を取り消す。

二  本件文書提出命令申立てのうち、基本事件における推計課税のため抽出した同業者二名、すなわち昭和五九年一一月二一日付被告準備書面6−1ないし3、7に表示するA及びBについての各昭和五三年分ないし同五五年分の青色申告決算書(青色申告書添付の決算書一切)の写(申告者、税理士の住所・氏名・電話番号・事務所の名称・所在地・従業員の氏名等の固有名詞を削除したもの)の提出を求める部分を却下する。

三  右申立て及び本件抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は主文一、二項同旨であり、その理由は別紙(一)及び(二)記載のとおりであり、これに対する相手方の主張は別紙(三)ないし(五)記載のとおりである。

二当裁判所の判断

民訴法三一二条ないし三一四条所定の文書提出命令の制度は、特定の文書の原本が現存することを前提とし、これを所持する訴訟当事者若しくは第三者にその提出を命ずるものであつて、右文書の現存と提出命令を申立てられた相手方が右文書を所持することは申立人において主張立証すべきものであつて、その作成がいかに容易であつても、現存しない文書を作成した上、これを提出すべきことを命ずることは文書提出命令の制度には含まれないというべきである。

これを本件についてみるに、一件記録によれば、抗告人等税務署長を被告とした推計課税の取消訴訟において、被告は右推計の合理性の立証につき、過去においては、同業者に対する守秘義務のために青色確定申告決算書の原本又は写は提出できないため、税務署長において、右申告決算書をもとにして、その申告者氏名住所その他申告者の特定にかかわる事項を削除した写(以下「氏名等削除申告書写」という)なる別個の文書を作成して、これを提出した例があつたが、その後右写によつても守秘義務の遵守に不安があるとして右立証方針を変更し、少し以前より、氏名等削除申告書写の作成提出にかえ、国税局長の通達に応じて、各税務署長が同通達が指定する、特定同業者に関する特定事項(売上金額、同原価、経費等)を右業者の青色申告決算書及びその他の資料に基づき調査報告した文書(以下「同業者調査表」という)によることが多くなり、本件基本事件においても、被告たる抗告人は推計課税の合理性の立証方法として同業者調査表によることとし、氏名等削除申告書写を作成して立証に供するつもりもないことが認められ、他に一件記録によるも、原決定が提出を命ずる同業者A、B作成の昭和五三年ないし五五年分の青色申告決算書のうち、A、Bの特定にかかわる固有名詞部分を削除した写が、抗告人その他税務関係行政庁関係者、若しくは同業者等の誰かにより作成されて現存すること、及び抗告人が右写を所持することを認めることができない。

そして右写が、氏名秘匿者A、Bの各年度の青色申告決算書記載事項を報告する趣旨内容の税務担当公務員作成にかかる文書として、原資料たる右A、B作成の青色申告決算書とは、作成者ならびに趣旨内容を異にする別個の文書であることはいうまでもなく、また、文書提出命令は、現存するあるがまゝの文書原本の提出を命ずるに止まり、右原本により新たな趣旨内容の異なる別個の文書を作成の上提出を命ずることまで含むものでないことは前叙のとおりであり、以上と異なる相手方の所論は独自の見解で採りえない。

なお、相手方は、本件提出命令申立てのうち青色申告決算書原本の提出を求める主位的申立ての一部として右原本のうち申告者氏名等特定事項を秘匿した状態の原本の提出をも求める主張を展開するが、右原本自体の提出を求めるものである限り、その範囲の如何、若しくは右秘匿部分が全体と不可分な関係にあるか否かを問わず、右主位的申立部分は既に原決定において却下されこれに対し不服申立てなく確定済みであるから判断に及ぶまでもない。

そして、予備的申立てにかかる原決定主文掲記の前記A、B名義の青色申告決算書のうち氏名住所等ABの特定にかかわる事項を削除した写の提出を求める部分は、右写なる文書の現存及び抗告人の所持が認められないのであるから、その余の双方の主張につき考えるまでもなく理由がない。

よつて、双方のその余の主張につき考えるまでもなく、前記予備的文書提出命令の申立てを認容した原決定は相当でなく、本件抗告は理由があるから、原決定を取り消し、右予備的文書提出命令申立てを却下することとし、右部分の申立及び本件抗告の申立の各費用を相手方に負担させることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官首藤武兵 裁判官奥輝雄 裁判官杉本昭一)

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